20260823_朝日新聞_03

    Tim Marchin
    By Tim Marchin
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    20260823_朝日新聞_03

    確信から葛藤へ ユーミンのAI観

    人の心を動かせるのは人だけ――。シンガー・ソングライターの松任谷由実さん(72)は昨年秋、そう断言していた。当時、アルバム 「Wormhole /Yumi Aral」を完成させたばかり。人工知能(AI)で自身の若い頃によく似た声を合成し、楽曲を歌わせた話題作だ。一方で、作詞作曲の営みに関しては人間のほうが優位だと強調していた。それから1年足らず。当時の確信が大きく揺らいでいるという。葛藤を語った。

    崩れた人間の牙城でも出会えた歌声

     

    ――昨年11月から「Wor mhole」を引っ提げた全国ホールツアー中です。
    「今、ホールツアーの大切さをますます感じています。
    一つでも多くの街、一人でも多くの人に、アルバムなり楽曲なりを直接、手渡したい」
    ――このツアーではAIを使わず、松任谷さんやコーラスの生歌で演奏しています。 AIがまだ生演奏で使える水準に達していないからだと。
    「そうですね」
    ――――今後のAIの発展次第では、ライブで活用される日も来るでしょうか。その時、 どのように使われると考えますか。
    「これからのライブは、バーチャルな世界とステージ上のリアルの、ハイブリッドになっていくのではないか。プロデューサー(松任谷正隆さん)はそう言っています」
    「例えば、車のフロントガラスに映像を表示してリアルに道案内をする『ヘッドアップディスプレイ』という技術があるそうですが、そうした技術がメガネに搭載されて、 みんなメガネをかけながらライブを見るようになるのではないか、と」
     
    ゼロイチは自分で
     
    す。 ――現実味を帯びたお話で
    「近い将来、一人一人のその日のコンディションによって最適な映像や音を届けることだって可能になると思います」
    「でもそれは、脳内をいじられるということです。私はちょっと怖くなっちゃうんですよ。エンタメが、タブーの領域に入っていくのではないかと思って」
    ――――そこまで他人に踏み込む権利があるのか、と。

    「はい。ここ1年ほど、話題の『テクノロジカル・リパ

    ブリック』(国家や軍事とA Iの関係について議論を呼んだ、米国のデータ解析企業パランティア・テクノロジーズの創業者らの著作)などAI に関する本を色々と読んでいました」
    「AIには感情があると言い切っている人もいました。 実際にAIは、世界中の人間の会話や反応をどんどんストックしています」
    ――――昨年は「人の心を動かすのは人にしかできないと確信した」とおっしゃっていましたが?
    がじょう 「もう言っていられないです。クリエーティビティーや言語感覚は人間の牙城だと思っていました。それももう溶け出していると思います。人の創作とAIの創作でブラインドテストをしたら、どうなるでしょうか」
    ――1年足らずで、なぜ考えが一変したのですか。
    「やはりAIの最前線を知ったことが大きいです。正直、途方に暮れる感じがあって。本当はみんなをチアアップ(元気づけ)しなければと思うのに、結構、『やばい』 と感じています」
    ――――では次作以降は。
    「AIとの共生は続くと思います。やはりどうしてもぜロイチ(0から1を作り出すこと)は自分でやりたいので、1を10や100にするところでAIを使いたい」
    ・AIに対して恐怖も感じつつ、なぜ「共生」を?

    「せっかく出会ったから。 今回使った歌声合成の技術も、最初に紹介された時は

    け取られる可能性もあった。 でもそれより、新しい扉を開ける興味の方が勝った」
    『賭けだね』と思ったんです。『もう新たなものが作れないからA Iに手を出した』と世間に受け取られる可能性もあった。音楽家生命がそこで終わるかもしれないって。
     
    感情を乗せる誇り
     
    ————結果、「初期衝動」が
    戻ったとのことでした。
    「デビュー当時、自分の頭
    の中で考えた曲を自分で歌う気はさらさらなかった。歌えと言われて初めてボイストレーニングに行ったんです。歌に1年ぐらいかかって『ひこ
    うき雲』(1973年のファ
    ーストアルバム)ができた。

     それがある時からある程度歌えるようになって、ある程戯歌えるところの範囲で曲を書いていたのかもしれません。―――無意識のうちに歌唱に縛られていて、AIの活用よって解放された、と。
    「そうですね」
     ―自身の歌声にはいつから自信や誇りを持てるように?
    「それが今回のツアーからなんです。AIの方が奇麗には歌えるかもしれませんが、 そこに感情を乗せるためにボイストレーニングを重ねたからだと思います」
    「肉体的な経年劣化はどうしてもある。肉体は必ず滅びていくものなので。そこに新しいテクノロジーが入る余白が出てくるのかと思うと、復雑な気持ちもあります」
    「AIとの共生によって、 自分とは何か、人間とは何かということを考えさせられ続けるのだと思います」
    (聞き手・野城千穂)

    松任谷由実さんのホールツアー「THE WORMHOLE TOUR」から=田中聖太郎氏撮影